岩手ADC

グランプリ受賞者&クライアント インタビュー
岩手ADC賞 グランプリ2018

勘六縁のお米のブランディング

左から富川岳さん、佐々木崇さん、菊池陽佑さんと裕美さん夫妻。

丁寧な米づくりの姿勢、
温度感を伝える
「スタンプで描く」
パッケージデザイン

SPECIAL INTERVIEW

 岩手県遠野市小友町で無肥料・無農薬、天日干しによる自然栽培を実践している米農家「勘六縁」の米袋。小友町に生きる動物や虫、農業を営む人々、風景など、米が栽培されている環境がパッケージに描かれています。米の品種や販売する季節によって異なるデザインは、スタンプによって構成。一つひとつの絵柄から手作業で作られているあたたかさが伝わってきます。
 このパッケージデザインを手がけたのは、株式会社トランクの佐々木崇さん。佐々木さんがアートディレクションを担当することになったのは、岩手県遠野市で活動するローカルプロダクション「富川屋」のプロデューサー・富川岳さんから依頼を受けたことがきっかけ。富川さんが勘六縁から米袋のパッケージデザインを新調する相談を受けたことで、制作がスタートしました。

勘六縁のお米のブランディング
勘六縁のお米のブランディング

土から離れない
米づくりへの想いを込めたパッケージデザイン

 遠野市の中でも山間部に位置し、古くは沿岸と内陸を結ぶ宿場町、金山の町として栄えた岩手県遠野市小友町。現在も市街地には民家や商店など趣のある建物が並び、しし踊り、神楽などの伝統芸能が数多く継承されているなど、宿場町として発展してきた名残をとどめています。
 また、川には梅花藻(ばいかも)が自生し、山女魚などの魚が生息しているなど、水が豊富できれいだということも特徴。環境を大切に、自然と共に生きる暮らしが育まれてきた地域です。
 自然豊かなこのまちで米農家を営んでいるのが、勘六縁の菊池陽佑さんと裕美さん夫妻。 2015年から栽培に取り組み、2018年に本格的な生産を開始した品種「遠野4号」の販売に合わせ、パッケージデザインを一新した米袋の制作を検討していました。

 「私たちが自然栽培で米を育てているのはあくまで手段。それが目的ではありません。私たちが米作りを通して、どんなことを実現しようとしているか。私たちの想いが伝えられるようなパッケージデザインにしたいと考えていました」勘六縁が掲げているのは、社会性「私たちは、豊かな自然に感謝する心を育み、多様な命が支え合う『結』の社会をつくります」、科学性「私たちは、豊かな自然から生まれる命のかけ橋となり『ふるさと』を創造します」、人間性「私たちは、豊かな自然から学ぶ姿勢を持ち一つ一つと誠実に向き合い共に成長します」の3つの理念。菊池さんらがパッケージデザインで表現しようと考えていたのは、そうした米作りへの想いです。想いをしっかり反映させられるように、なるべくコミュニケーションを密にとれるデザイナーを必要としていた陽佑さんと裕美さん。そこで依頼したのが、同じ遠野市内を拠点に活動している富川さんでした。

勘六縁のお米のブランディング

米袋の制作に取り組む以前にも遠野市小友町に訪れたことがあった佐々木さん。小友町に並ぶ歴史ある建物や水と緑に囲まれた美しい自然が持つ雰囲気も、スタンプで作るパッケージデザインの発想に繋がりました。

 「富川さんとお話ししていると、私たちが大切にしている部分を理解してくれていることが伝わってきました。富川さんが『いいですね』って言ってくれるポイントが、こちらと同じというか。安心感を持って、制作を依頼することができました」と裕美さん。富川さんも同じように、お互いに共感し合っている感触を得ていたと言います。
 「菊池さんたちとお話をしながら、特に共感したのは『パッケージから作り手の温度感を伝える』こと。おふたりは、それまで販売したお米をお客さんに送る時に、手書きのメッセージを添えていたんです。そうしたお客さん一人ひとりに丁寧に対応されている姿勢がとてもいいなと思って、その姿勢をパッケージに表現することができればと考えました」

 お客さん一人ひとりへ、作り手の温度感を伝えられるようなパッケージを。陽佑さんと裕美さんからの相談を受けて、富川さんはそれまで遠野での仕事を多く共にしていた佐々木さんにアートディレクションを依頼。佐々木さんは早速小友町に訪れ、打ち合わせを行いました。「スタンプを使うアイデアはわりとすぐ出てきたんです。菊池さんと富川さんからお話を聞きながら、簡単に印刷で済ませるのではなく、何種類ものスタンプを『捺す』ことで、逆に手間をかけ、丁寧に対応している姿勢や作り手の温度感を伝えられるのではないかと考えました」(佐々木さん)

 スタンプは捺し方によって、形が変化したり、インクのにじみができたりする。そこから、手作りならではの味や雰囲気を出すことで、勘六縁の想いを表現することができるのではないか。その考えから発想されたアイデアに、菊池さんたちはすぐに共感できたのだそうです。 「スタンプを使ったパッケージデザインは、初めて聞いたときからとてもいいなと思いました。私たちはおしゃれすぎないデザインにできれば、とも考えていたんです。キャッチーなものやスタイリッシュな感じは私たちには似合わない。農家は土から離れてはいけないと思うので、浮ついた、パッケージが先走ってしまうようなものにはしたくなかった。その考えにスタンプで作るパッケージが一致しました」(陽佑さん)

勘六縁のお米のブランディング

クライアントと制作する側とが
一緒に作っていく

 米袋の制作が始まったのは、2018年の9月。遠野4号の新米を販売する11月まで、わずか2カ月ほどの制作期間でパッケージデザインが完成しました。
 「最初に打ち合わせをした時から、表現したいものがある程度見えていたので、短期間でも無理なく制作することができました。むしろとてもテンポが良く、気持ちのいい仕事だったんです。私はいつも仕事をする際に、受注側、発注側と立場を分けてしまうのではなく、制作する側とクライアントが一緒につくっていけるような体制作りを意識しています。

 菊池さんたちとは最初の打ち合わせの段階でお互いに『いいな』と思うポイントを共有できていたし、勘六縁さんの活動を自分が応援したい気持ちを持ったまま制作に取り組むことができました。佐々木さんから、とてもいいアイデアを提案いただいて『これはいいものが作れる』という実感がありましたね」(富川さん)

 制作期間中、打ち合わせ時には、その場で話し合いを行いながら、パッケージデザインのコンセプトやレイアウトなどを確認。アートディレクター、プロデューサー、クライアントの意見を細かく共有することで、三者が同じ意識を持ちながらスムーズに制作を進めました。

勘六縁のお米のブランディング

「はっ」とするのではなく
「ほっ」とするデザイン

 パッケージデザインに表現されているのは、勘六縁が行なう米作りの世界。水田を俯瞰から見た景色に、小友で生きる動物や虫、川魚、農業をする人々、小友を象徴する伝統芸能や風景などの絵柄が用いられ、小友町で行われている米作りの様子が描かれています。
 「勘六縁が米作りを自然栽培で行うことによって、小友町にいる生き物や自然と共に生きることができる、というおふたりの考えをスタンプの絵柄で表現しています。さらに、今回のパッケージを制作するきっかけになった『遠野4号』の販売を新たに開始したことも伝えたかった要素のひとつ。遠野4 号は、寒さの厳しい遠野に合わせて作られた品種。小友町の米作りの様子を表すことで、品種の特徴を伝えることができればと考えました」(富川さん)

 米袋のパッケージデザインは1枚1枚手作業で作られているため、米の品種ごとに絵柄を変えて使用することができます。遠野の土壌に合わせて生まれた遠野4号のパッケージでは小友町の田園風景を、日本の米作りの中でも長い歴史を持つ品種「亀の尾」のパッケージでは、日本の原風景をテーマに絵柄を配置。品種のほかにも、米の容量や販売する季節によってデザインを変化させています。
 「スタンプを一つひとつ捺して作るデザインなので、米袋を制作するのにはとても時間がかかります。しかし、その時間によって自分たちの商品への愛着がさらに高まるかもしれない。勘六縁さんが、お米作りに対する想いとお客さまへの感謝の気持ちを確かめながらパッケージを作ることができるのもいいことなのではないか、という考えもこのパッケージデザインができた一つの理由です」(佐々木さん)

 想いを伝えるほかに、スタンプで制作することのメリットはコスト面にも。印刷物では、絵柄を変更しようとすると印刷をする度に費用が発生してしまいますが、スタンプによるパッケージデザインでは、販売する米の種類や季節ごとに絵柄を変えても、同じ無地の米袋を使ってデザインを変更することができるので、印刷コストが発生しません。
 「アートディレクターは、制作コストやスケジュール、またその商品をどのように売るかなど、経営的な要素も考えて、デザインを行っています。ですので、制作期間中のこともそうですが、その米袋を受け取ったお客さんが何を感じるかというのも、とても大切な部分。今回のパッケージでは、購入されたお客さんが初見で『はっ』とすることよりも、『ほっ』とすることに重点をおいたデザインを意識して制作しました。受け取った方が、小友の田園風景を想像し、勘六縁の米作りへの姿勢に思いを馳せていただけたらなと思います」

 そうした佐々木さんの意図の通り、陽佑さんと裕美さんは、新たに完成した米袋を受け取ったお客さんの反応から、充実感を得ています。
 「やっぱり一番重要なのはお客さんがどう思うかということ。だからパッケージができた後も、お米を販売するまでは不安だったんです。でも、就農1年目から購入してくれているお客さんから『すごくいいね』と言っていただいて。その感想が聞けた後に、僕らも改めて『よかったな』と感じることができました」(陽佑さん)

勘六縁のお米のブランディング

スタンプは全32種類。農作業をする人や動物、虫、川魚のほか、「巌龍神社」や「しし踊り」など小友町らしさを表現した絵柄も。佐々木さんが手がけたデザインフォーマットを参考に、裕美さんがアレンジを加え、一つひとつ手作業で米袋が作られています。

勘六縁のお米のブランディング

いい関係性から
いいデザインが生まれる

 「プロデューサー、アートディレクター、クライアントが一緒に作っていく」ことで、勘六縁の想いが忠実に表現された米袋のパッケージデザイン。では、そのように制作を行なうことができた要因はどんなところにあるのでしょうか。富川さんはこう誇ります。

 「私は、クライアントから依頼されたものを形にするだけではなく、制作する過程で『なぜその制作物を必要としているのか』、その意図の裏側にある考えを組み上げられるように意識しています。形にするためのプロセスを一緒に歩むことで情報が整理でき、発信したい内容を明確にすることができるんです。陽佑さん、裕美さん、佐々木さんとは、打ち合わせでのやり取りをたくさん行うことで、お互いがコンセプトや方向性について、理解を深めて制作に取り組むことができました」
 プロデューサーである富川さんが担ったのは、クライアントである陽佑さんと裕美さん、また制作する側の佐々木さん、それぞれの伴走役。両者の意見や考えを整理しながら制作を進行することで「伝えたい想い」を明確化し、パッケージデザインに表現させることができました。

 さらに、「いいものを作れるかどうかは、アートディレクターだけの問題ではない」と陽佑さんは話します。
 「アートディレクターの方だけではなく、発注側自身がどういう想いを持っているかが一番大切だと思います。クライアントの想いなしではいいものは作れない。どんなことを表現したいかを考えながら、それを共有して理解してくれるデザイナーさんと出会えると、きっといいものが作れるんだと思います」
 クライアントと制作する側とがしっかりと想いを共有する。そうした両者のいい関係性が、いいデザインを生むきっかけを作っているようです。

 「これから勘六縁さんの田植えや稲刈りを手伝わせていただく予定もあるんです。そうして一緒に作業をさせていただくことで、関係性が続いていくのはとても嬉しいことだなと思います。やっぱり、ただデザインするだけでは終わりたくないですね」(佐々木さん)

勘六縁のお米のブランディング

PRO部門勘六縁のお米 ブランディング / PAC部門勘六縁のお米 パッケージ

勘六縁のお米のブランディング

GEN部門勘六縁のお米 リーフレット